大崎事件と狭山事件の共通点は?2016年の新証拠で石川さんの無罪確定?

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映画「獄友」が製作中です。この映画で袴田さんら冤罪被害者たちと一緒に出演している「石川一雄さん」は、出演者の中で唯一冤罪が晴れていない人です。彼は仮釈放中ながら、現在も無期懲役囚です。

石川さんが有罪とされた狭山事件に対して、私も含めて非常に多くの支援者が、彼の無罪を信じて活動しています。私は弁護士でもないので、全ての情報をつかんでいるわけではありません。しかし、こんなに人権を踏みにじった事件はありません

2016年には新しい事実がわかったことを最近知りましたので、それをもとに現時点での状況をまとめてみます。


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狭山事件とは

埼玉県狭山市で1963年に起きた誘拐殺人事件(起訴は殺人のみ)。被害者のNさんは女子高生。ある日学校から帰らず、その夜にいつのまにか脅迫状が玄関にあった。警察に連絡した後、脅迫状の通り夜12時に、Nさんの姉はお金(偽造)を約束の場所へ持っていった。しかし張り込みに気付いたのか犯人は現れなかった

24時間後の夜12時にもう一度、Nさんの姉は約束の場所へ行った。大勢の張り込み警官がいる中、犯人は現れた。Nさんの姉と犯人は顔の確認ができない距離で話したが、警察がいる、約束と違う、という内容のことを言って犯人は逃げた

包囲していたはずの警察は犯人を取り逃がした。その後、付近の徹底捜索がされ、翌日Nさんの遺体が発見された。その直前にも誘拐犯を取り逃がしていた警察は、世論の批判を浴びることになった。

簡単にまとめると、こんな事件です。


容疑者は?

遺体の発見された数日後に、Nさんの家(裕福な農家)で以前働いていた人が自殺。さらにその数日後、不審な三人組を見た、と警察に証言した人が自殺。その約10日後、石川一雄さん(24歳)が逮捕されます。逮捕容疑は、Nさんの事件と関係のない「傷害」「暴行」「窃盗」などでした。

その時の写真です。

(引用元:筆跡鑑定メールマガジン)


石川さんの自白と証拠

殺人への関与を否定していた石川さんですが、その後、自分がやったと認めます。自白だけでは起訴できないのですが、決定的な証拠となったのは、石川さんの自白通りに自宅から見つかった万年筆でした。

この自白は、石川さんの証言によれば「誘導尋問」によるものです。留置場で暮らしながら何日も取り調べを受けていると、自暴自棄になって無実でも「やった」と言ってしまうものです。これは私の経験上、断言できます。

それくらい、警察署の密室内は人間の心を壊すところです。

さてその万年筆はNさんのモノ(と同じ)であり、石川さんはそれを使って脅迫状を書いた(以前から犯行用にボールペンで書いていたものに、その万年筆で加筆修正した)とされました。しかし、Nさんが使っていたインクと脅迫状の色が違ったため、石川さんがインクを入れ替えた(のだろう)ということになりました。


その後の否認と万年筆

石川さんは、その後否認に転じます。その理由は、取り調べに当たった警察官に自白を強要されて認めてしまったから本当はやっていないというものです。では、見つかった証拠はどうなのかと尋ねると、「警察官に言われた通りに証言した」というのです。

否認していた間には徹底的に捜索した場所から何も出てこなかったのに、自白したとたんに、証拠が出てくるのです。石川さんによれば、それは「ここに置いたと言いなさい」と自白を強要された場所なわけです。

石川さんの言っていることが本当ならば、警察が「証拠を自分たちで用意し」、「自分たちで設定した場所に置き」、別件の取り調べで拘束している石川さんに、「どこそこに置いた」と自白させ、供述書を作り、それに基づいてもう一度捜査する、見つかる、殺人容疑で起訴する、という恐ろしいお芝居が展開されたことになります。

逮捕から約1ヶ月後、石川さんの家から万年筆が見つかるのです。その場所は、下の写真にある矢印のところです。その位置は高さ約175センチです。写真の下に見えるものは、当時の警察が使っていた足場(高いところを調べるときに乗るもの)です。


 

不自然な証拠と2016年の新発見

逮捕から証拠が見つかるまで、石川さんの自宅は徹底的な家宅捜索が二度もされました。捜査官は、万年筆が見つかった場所について「調べたが何もなかった」と証言しているそうです。

そして、その万年筆からは、Nさんの指紋も石川さんの指紋も検出されなかったのです。

うさんくさいので、石川さんの弁護団は「証拠を公開せよ」と検察に要求してきました。事件に関係する証拠物件は1000点以上あるそうです。しかしなぜか検察は全く公開に応じず、約50年たった2013年にようやくNさんの万年筆のインクなどを公開するのです。

そのインクをもとに、科学的な検証をした結果、2016年に決定的な鑑定がでました。簡単に言うと、その万年筆は脅迫状に使われたものではないと証明されたのです。


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袴田事件でも同じことが起きていた

2014年に冤罪が晴れ、死刑囚だった袴田さんが刑務所から釈放されました。事件が1966年ですから48年間も「明日死刑かも」という恐怖に直面していたのです。

袴田さんが無罪となったのは、証拠とされていた血の付いた服が、最新のDNA鑑定で事件と関係がないと証明されたからです。

では、なぜ血の付いた服が犯行現場(この場合は味噌製造会社内の味噌樽の中)にあったのか? 警察が服に何かの血をつけて樽に入れた、という疑惑が当然湧いてきます

もともと、この服はサイズが小さく、袴田さんの体が入る大きさではなかったので、弁護団も怪しいと睨んでいたのです。

関連記事→大崎事件以外の冤罪事件まとめ!こんなにもある無実での逮捕そして死刑執行?


私自身の持つ不審

石川さんは否認を始めたにもかかわらず、証拠が十分にあるということで、3年後に死刑判決を受けます。その翌日に、事件の捜査に深くかかわっていた民間人が電車に飛び込んで自殺します。

実は、身代金の受け渡し役であったNさんの姉(犯人の声を聞いた数少ない証人)も事件の翌年に自殺しています。

このようにミステリアスな展開をしていった事件です。さらに石川さん自身も無実を主張していることを考えると、袴田事件同様、冤罪ではないか、と疑う人もたくさんいます。私もその一人です。

参考→大崎事件ってどこでいつ起きたの?なぜ無実のおばあちゃんが懲役10年?


ウィキペディアの怪

ですから私は、ウィキペディアの「狭山事件」を何度か書きかえました。なぜかというと、石川さんが有罪であるという前提で書かれているからです。

書き変えたと言っても、「再審を支援している人も多い。」などという事実を付け加えただけです。

ところが、数時間たつと、私の加筆が削除されるのです。つまり、ずっとウィキペディアの「狭山事件」を監視している人または組織があるということです。

有罪であるという前提で書かれている文章の質も高いので、かなりの専門家または専門家集団が監視していると思われます。

2016年の結果(万年筆が証拠ではないという鑑定)を知っている人の中には加筆した人もいると思いますが、有罪説に不利になるからすぐに削除されているのでしょう。


石川さんの主張

石川さんは、一貫して無実を主張し、死刑判決を不服として上告します。しかし事件から約10年後の最高裁判決は無期懲役でした。その後も獄中で無罪を主張し続け、弁護団は証拠の公開と再審(裁判のやり直し)請求を行いますが、却下されました。

しかしその後約20年、逮捕から約30年たって石川さんは仮釈放されます。無罪を主張しているっていうことは、全然反省していないわけですから模範囚とは絶対いえません。

なのにどうして仮釈放? という、本当に謎の多い事件であり、裁判です。

参考→大崎事件の他にもえん罪があった?なぜ若い先生が生徒殺しで逮捕されたの?


まとめ

私は、警察が悪いというよりも、「警察はなにやってんねん!」「犯人をつかまえんかい!」と煽ったマスコミが悪いと思います。テレビの推理ドラマみたいに犯人は捕まりません。でも他国と比較すれば、日本の警察が優秀なのは明らかです。

世論を盛り上げて、売り上げを伸ばそうという作戦が警察を追い詰め、冤罪をうんだのではないでしょうか。

弁護団は今、3回目の裁判やり直しを求めています。当時の警察に正義を求めたマスコミなら、今こそ検察に正義を求めて盛り上がって欲しいものです。

その他の冤罪事件→大崎事件みたいに無実で逮捕されて冤罪になったらどうする?無罪になる方法は?


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  • 2017 04.08
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