サッカーサウジ代表の渋いイケメン監督の詳しい経歴とプロフそして日本との関係は?

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2017年9月5日におこなわれるサッカーのロシアワールドカップアジア予選。日本代表にとっては、「消化試合」であるため応援するファンにとっても「勝利」よりも選手や監督のパフォーマンスが気になるところでしょう。

そんな状況で行われるゲームですから日本代表と対戦するサウジアラビア代表の監督に注目している人も多いのではないでしょうか。

どこかで見たことあるなーっと感じている人もあるでしょう。実は過去に日本人や日本代表と深い関係にあったのです。

今回は、映画俳優のような風貌がピッチで妙に目立つこの監督についてまとめてみます。


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プロフィール

・名前は「ベルト・ファン・マルワイク」です。

・生年月日は、1952年(昭和27年)5月19日で今年2017年は65歳です。

・同い年は、三浦友和、中島みゆき、桃井かおり、さだまさし、小柳ルミ子などです。

オランダ人です。

・もとプロサッカー選手で、オランダ代表として1試合出場しています。

・30歳の時に、選手とユースチームのコーチを兼任し指導者スタート。

・34歳の時には、選手とアマチュアクラブのユースチームの監督を始める。

36歳で引退。監督業のみとなりオランダ国内のアマチュアクラブで経験を積む

・45歳でオランダのエールディヴィジ(プロの1部リーグ)のトップチーム監督就任。

 

・その(弱小)チームで無名の若手を名選手に育て、チームをトップクラスにあげた。

48歳でエールディヴィジの名門、フェイエノールトの監督に就任

・50歳でヨーロッパリーグ(チャンピオンズリーグの敗者戦)を制する。

・52歳でドイツの強豪、ドルトムントの監督に就任。

・55歳で再びフェイエノールトの監督に就任。オランダのカップ戦で優勝。

56歳でオランダ代表監督就任

・58歳で迎えたワールドカップ南アフリカ大会で準優勝

・61歳でドイツのハンブルガーSVの監督に就任。

・63歳でサウジアラビア代表の監督に就任。2017年現在就任2年目。

以上です。


分岐点

この人生においてのターニングポイントをあげるとすれば、まず

・30歳の時に、選手とユースチームのコーチを兼任してから指導者スタート。

という決断です。結局36歳まで現役を続けているのですから、30歳の時点ではまだ「バリバリ」だったでしょう。1試合とはいえ、「あの」オランダ代表のオレンジを着た選手です。そのクオリティは相当高かったはずです。

おそらく、所属チームのユース部門で何らかの問題があったのでしょう。ユースチームの監督が不在になり、トップチームの現役選手に声がかかるというのは異例です。しかしそこで二足のわらじにトライしたファン・マルワイクは偉大な監督への一歩を踏み出したのです。

続いてのターニングポイントは、

・36歳で引退。監督業のみとなりオランダ国内のアマチュアクラブで経験を積む。

という10年間です。

 


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下積みの大切さ

アマチュアクラブの監督と言うことは、監督業での収入はありません。その間、何か収入を得る必要があります。しかも当時彼は小さな娘を持っていました。妻の援助や理解が相当あったに違いありません。

36歳で現役を引退してからの10年間で得た経験と知識が、45歳からのプロチーム監督業で花を開くわけです。そしてオランダ名門チームの監督へとステップアップし、さらにレベルも収入も高いブンデスリーガ(ドイツのプロ1部リーグ)のチームへと登っていきました。

その後、母国の代表監督という最高の地位を得るわけです。オランダ人にとってサッカーは国技です。オランダが生み出したサッカーが現代のサッカーを作っていると言っても過言ではないくらいサッカーが文化であり学問であり生活である国です。

そしてそんな国をワールドカップで準優勝まで導いたのです。オランダ人でファン・マルワイクを知らない人はいないでしょう。もしも彼が30歳の時、ユースチーム(高校生チーム)のコーチを引き受けなかったらこのサクセスストーリーは生まれなかったのです。


まとめ

ファン・マルワイクが名監督への階段を登っている途中に、日本人選手がそのチームにいて大活躍しました。浦和レッズからフェイエノールトに移籍した小野伸二です。日本の黄金世代と呼ばれた1979年生まれの中心選手でした。

2017年の今も現役選手としてコンサドーレ札幌で活躍している小野伸二は、ファン・マルワイクのチームで世界的プレーヤーに育ったと言って良いでしょう。小野伸二はその魔法のようなキックで見るものをとりこにしました。

フェイエノールトでのデビュー戦で深い位置から前線に出したロングパスの美しかったこと。あれは一生忘れられません。

 
  この時の監督がファン・マルワイクです。日本サッカーとのつながりは浅くありません。

また、オランダが準優勝した2010年のワールドカップでは、グループリーグで日本代表と対戦しています。全盛期のスナイデルやファンペルシを擁するオランダに日本は0-1で負けました。この時の日本は2勝1敗でグループリーグを突破しています。

そして今はサウジアラビア代表監督として日本とアジア予選を戦うのです。なんという縁でしょう。ファン・マルワイクに情が湧くのは私だけでしょうか


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  • 2017 09.05
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