長友佑都の身長と歳そして出身校はどこ?指定校推薦入試で明治大学?

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2018ロシアワールドカップで日本躍進のキーパーソンといえば、長友佑都でしょう。

 

相手のエースをサイドに封じ込めるディフェンス。

 

バテる事を知らない無限のスタミナ。

 

攻め上がれば、相手を混乱させるチョコマカした動き

 

こんないやらしいサイドバックはなかなかいません。

 

今回は、そんな長友佑都についてまとめてみます。


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長友佑都のプロフィール

 

1986年生まれなので、ロシアワールドカップ2018は32歳になる年になります。

 

出身は愛媛県ですが、父方のおじいさんが宮崎県都城市出身なので名前に「都」が入っているそうです。

 

ちなみに「長友」という名字は九州にとっても多いです。

 

一方、母方のおじいさんとその弟さんはプロの競輪選手でした。

 

特にその弟さんは1960年代には日本の競輪界ではトップクラスでした。

 

競輪選手はみんなゴリラなみの体格をしていますが、長友佑都にもそのDNAが母親を通じて受け継がれているというわけです。

 


 

長友佑都の身長

 

日本サッカー協会のサイトによると、身長は170センチとなっています。

 

しかし169センチの乾と並んでも明らかに小さく見えます。

 

おそらく166.5センチくらいでしょう。

 

男性ですし、低身長っていうのはすっごくコンプレックスになります。

 

たいていの男は1センチくらいサバを読みます。

 

長友佑都の場合は読みすぎですけどね。

 

でもその存在感は「小さな巨人」っていう感じです。


長友佑都の出身中学

 

小学校6年生で、地元のプロチームである愛媛FCを受験しましたが落ちました。

 

そして、公立中学校のサッカー部に入部します。

 

しかし、途中で部活をサボり始めるという「中学生あるある」現象に陥ります。

 

しかし彼にとって幸運だったのは、サッカー部の顧問がとんでもなく良い指導者だったということです。

 

放課後に部活に来ないで、ゲームセンターにいるという情報をつかんだ顧問の先生は、ゲームセンターで待ち伏せして長友佑都を捕まえます。

 

そして強引に学校へ連れ戻し、グラウンドでボールを蹴らせたのです。

 

そんな先生に長友佑都は根負けします。

 

その後、部活動を休まないようになり、中3では県大会3位の成績を残しました。

 

というわけで、2018年に金髪にした長友佑都ですが、中学時代の素行にその原点はあったのです。

 


長友佑都の出身高校

 

そして彼は海を渡り、九州の強豪、東福岡高校へ進学するのです。

 

「選手権に出て、プロになるため」です。

 

東福岡は部員が300人という、全国屈指の名門です。

 

県選抜など、鳴り物入りで入部した選手がCチームの補欠なんていう話も珍しくありません。

 

そんな激しい生存競争を勝ち抜き、長友佑都はボランチでレギュラーとなりました。

 

しかし、全国的には全く目立つ選手ではなく、大学やJリーグから声がかかることはありませんでした。

 

そして長友佑都は、両親の離婚によって母子家庭でした。

 

「プロにはなりたいけど、なれなかったらお母さんに迷惑をかける」と考えて、就職に有利な大学を目指しました。

 

そして、東福岡高校の指定校推薦に「明治大学」があることを知ります。

 

「明治大学なら、サッカーでダメでも大企業への就職は有利だろう」と思い、高校へその意志を伝えました。

 

明治大学の指定校推薦は当然人気があり、多くの同級生が応募しました。

 

学内選考はまず「成績」、そして「人物」を見ます。

 

ここで、長友佑都はどちらも高い評価を受けたのです。

 

そして見事、指定校推薦の権利をもらい、明治大学の政治経済学部を受験しました。

 

指定校推薦での受験は、まず落ちる事はありません。

 

そうして見事合格し、文武両道の生活が始まったのです。


長友佑都の大学生活

 

プロサッカー選手を目指して明治大学のサッカー部に入った長友佑都でしたが、まもなく腰痛を発症させてしまいます。

 

もともとスポーツ推薦ではなく、指定校推薦でしたから部活をやめてもかまわない立場でした。

 

ですから中学の時と同様、サッカーから気持ちが離れ、かなり遊んだようです。

 

しかし、ここでも長友佑都には幸運な出会いがありました。

 

明治大学サッカー部には、「コンディショニングコーチ」がいたのです。

 

つまり、部員の体をケアしてくれるスタッフです。

 

プロチームには、当たり前のように存在するのですが、そういうコーチがいる大学の部活は多くありません。

 

そのコーチに腰痛を治してもらった長友佑都は別人のようなプレーを見せるようになるのです。


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長友佑都の体幹トレーニング

 

明治大学のコーチがおこなったのが「体幹トレーニング」です。

 

もともとすばらしい脚力を持った長友佑都です。

 

ストップ、ダッシュ、左右への切り返しなどを高速でおこなう事ができました。

 

その動きによって上半身を支える腰に負担をかけていたのです。

 

つまり、左右前後に体がぶれないようにすれば腰への負担は無くなるわけです。

 

しかも、体の軸がしっかりすれば、動きはさらに素早くなります。

 

しかしこのトレーニングは「体をいじめる」ものであり、精神的には非常にツライものがあります。

 

悪く言えば「拷問」ですから。

 

そのトレーニングによって強い体幹を手に入れた長友佑都は、間もなくレギュラーを手に入れます。


FC東京へ

 

復活した長友佑都に再び幸運が舞い込みます。

 

Jリーグの強豪、FC東京と明治大学の練習試合が組まれたのです。

 

そこで、FC東京の監督やスタッフに強烈な印象を残したのが長友佑都だったのです。

 

「とんでもない大学生がいるぞ」というわけです。

 

早速、「特別指定選手」の声がかかります。

 

大学や高校の部活動に所属している選手は、プロチームで練習したり、公式戦に出たりすることはできません。

 

しかし、特別にそれができるようになるのが「特別指定選手」という制度です。

 

そして長友佑都は、日本サッカー協会にも注目されるようになります。

 


日本代表へ

 

まず23歳以下で構成されるオリンピック代表チームに呼ばれるようになりました。

 

当時のポジションは「ボランチ」でした。

 

展開力がある選手ではありませんでしたが、とにかくよく動いていました。

 

相手にしたら本当に嫌な選手でした。

 

その後左サイドバックに転向し、FC東京でレギュラーをつかみ、日本代表に選ばれます。

 

さらにそこで活躍し、イタリアのチームに注目されます。

 

そしてイタリアへ移籍し、世界レベルの左サイドバックになっていったのです。


そして2018ロシア

 

 

第1戦の対コロンビア。

 

長友佑都は対面するユベントスの有名選手を押さえ、勝利に大きく貢献しました。

 

その後、多くの友人から祝福メールをもらったようです。

 

その返信に、

 

「ありがとう。次もやってやる」

 

と書いた長友佑都。

 

その言葉通り、セネガル戦では強い体幹を生かした守備と攻撃で日本チームの左サイドを活性化させました。

 

そして1点目に絡んだのです。

 

あの柴崎から飛んできたロングボール。

 

ワントラップであそこに置いたのは、偶然(ミス)でしょうか、

 

意図的でしょうか。

 

とにかく一瞬で相手ディフェンス二人を無力化しました。

 

そして、乾へのパス。

 

それも自分がドリブルで行くと見せかけて右に流れるという雰囲気を見せながら、小さく出しました。

 

この時、長友はペナルティボックス内で完璧な主役でした。

 

テレビを見ていた私だけでなく、セネガルの選手も「こいつスゲー」って絶対思っていたはずです。

 

だから乾のシュートに対してセネガル人たちはプレッシャーがかけられなかったのです。

 

「次もやってやる。」

 

という言葉は実行されたのです。

 


まとめ

 

実はこの「やってやるというセリフは、ワールドカップ前のツイートに登場したフレーズです。

 

ワールドカップに臨む日本代表が発表された5月31日。

 

長友佑都はツイッターに短く

 

「やってやる」

 

と書きこんだのです。

 

5月31日の頃は、期待値ゼロだった日本代表。

 

彼のツイートにどれだけの魂がこもっていたのか。

 

2試合のパフォーマンスを見た今、それを想像すると涙が出ます。


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  • 2018 06.28
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