藤川俊介へ阪神が提示した年俸や条件は?甲子園や大学の経歴と出身地まとめ

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ボンジョルノ! ウッチーです!

 

阪神のリードオフマンとして2017年シーズン後半に活躍してくれた選手と言えば、俊介ですよね。

 

その俊介が2017年シーズン終了後にFAの権利を取得しました。

 

FA宣言すれば間違いなく争奪戦になったでしょうが、俊介は阪神残留を宣言してファンを喜ばせてくれました。

 

今回はそんな俊介についてまとめます。


苗字は?

 

俊介のフルネームは、藤川俊介です。

 

なぜ苗字がないかというと、入団当時に藤川球児というすごい投手がいたからです。

 

最初の頃は二人ともスコアボードに名前が出る際に、下の名前の一文字をつけていました。

 

そうするとスコアボートに藤川が2人並ぶわけです。

 

しかし「阪神の藤川」といえば、100人中99人が「ああ球児ね」と答えた時代でしたから2年目からは登録名が「俊介」にかわったのです。

 

それが定着したので、球児がメジャーリーグへ移籍した後も「俊介」のままプレーしました。

 

藤川球児は再びタイガースの一員となってますので、俊介のままでいて良かったといえます。

 


出身は?

 

九州の福岡県桂川町(けいせんまち)出身です。

 

桂川町は飯塚市の隣で、九州の中心である博多から20キロほどのところにあります。

 

ナンバープレートの文字は「筑豊(ちくほう)」です。

 

日本の近代化を支えた筑豊炭田のあったエリアにあります。

 

炭田というのは石炭を掘った場所のことです。

 

いまは全て閉山(へいざん)、つまり石炭を掘っていません。

 

有名なものとしては、「王塚古墳(おうづかこふん)」があります。

 

これは歴史ファンには有名な古墳で、昭和の初めまで全く盗掘されないままでした。

 

たまたま工事をしていて古墳の一部が発見されたのです。

 

中に入ってみるとなんとびっくり5色カラーの絵が内部全面に描かれていて、装飾品などもそのまま残っていたのです。

 


経歴は?

 

そんな有名な古墳のある町で俊介は1987年に生まれました。

 

2017年の今年、30歳です。

 

地元の小中学校を卒業し、広島の広陵高校へ野球留学します。

 

広陵高校といえば、2017年、中村奨成が大会記録を更新する本塁打を放って注目されました。

 

その時に比較されて話題になった巨人のキャッチャー小林は広陵高校の出身で、伝説になった佐賀北との決勝戦でマスクをかぶっていました。

 

その小林が高校1年の時、俊介は3年生だったのです。

 

小林誠司は大阪出身、俊介は九州出身、つまり広陵高校はかなり広い範囲から選手が集まっているといえますね。

 

その広陵では甲子園に2回出場しましたがプロから声がかかることはなく、大阪の近畿大学へ進学します。

 

6歳差なので、全く時代が違いますが、大学では糸井の後輩ということになります。

 

大学時代にも3拍子そろった外野手として活躍したため、プロからも声はかかっていたのですが、本人は社会人野球を選びました。

 

その社会人野球のチームとは「ドラフト3位までに入ったら、プロに行く」という約束をしていました。

 

その約束は、全てのプロ球団に伝わったため、社会人チームとの関係を悪くしたくないプロ野球の球団としては、俊介の指名を見送ったのです。


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阪神のボケぶり

 

ところが阪神タイガースが5位で指名してしまうのです。

 

理由は、「3位までならプロという話を知らなかった」という大ボケでした。

 

「そんなはずあるかい!」というツッコミが当然湧きおこったのですが、指名された本人は悩み始めます。

 

そして指名選手が次々に契約する中、一人だけ決心がつかずに取り残されました。

 

結局、社会人チームから「約束は無視して自分で決めたらよい」と言われ、ドラフトから1ヶ月以上たった12月になってタイガースに入団するのです。

 


 

年俸は?

 

1年目は1000万円での契約でした。

 

その1年目に1軍で多くの試合に出場し活躍したので、2年目は1800万円に跳ね上がりました。

 

このまま倍増倍増で数年経てば1億円か?と期待された2年目に失速、3年目はさらに不調で年俸は1500万円まで下がりました。

 

しかし4年目にはレギュラーに定着し2800万円まで上がります。

 

その後、レギュラーに定着できない年が続き、年俸も上がったり下がったりで2017年は推定年俸2400万円と言われています。

 


2017年シーズン

 

そんなパッとしない俊介が輝きを放ったのが2017シーズン後半でした。

 

故障する選手が多い中、バックアップ要員として大活躍します。

 

規定打席には達しませんでしたが、3割を超える打率も残しました。

 

エラーゼロの年も何回かあるなど、もともと守備には定評があります。

 

そんな上り調子の俊介が、2017シーズン終了後にフリーエージェント宣言の権利を得たのです。

 

攻守走そろった選手はどのチームも欲しいところです。

 

FA宣言すれば大幅な年俸アップが勝ちとれたでしょう。

 


阪神残留

 

しかし俊介は「タイガースで日本一になりたい」というファンが一番喜ぶセリフとともに残留宣言をしました。

 

そして「球団から良い話ももらった」と言っています。

 

おそらく年俸は現在の2400万円から倍増以上の話があったのでしょう。

 

つまり5000万円超えです。

 

2018シーズンを5000万円でプレーした翌年も成績次第で1億円が見えるような話があったと考えられます。

 

たとえば、2018シーズンに規定打席に達して3割以上なら1億とか・・です。

 

それくらいの条件をほのめかされれば、残留も当然でしょう。

 

もともと大学時代から10年以上住んでいる関西には愛着もあるはずです。

 

さらに12球団ナンバーワンの観客動員を誇るタイガースでのプレーは、お金以上に「やりがい」もあるはずです。

 

また、九州出身者とタイガースの相性はいいのです。

 

なぜなら、阪神地域は九州出身者がものすごく多いので、応援してもらいやすい環境があるからです。

 

そのような居心地の良さと球団の誠意が相まって、残留の決心につながったのだと思います。

 

いずれにせよ、タイガースを応援する者としては嬉しいニュースです。

 

やはりドラフトでとった選手が活躍するっていうのは、移籍で取った選手が活躍するよりも嬉しいですからね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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  • 2017 11.07
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