ブラタモリ高知編の番組内容ネタバレまとめ!土佐の地形と坂本龍馬の関係とは?

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ボンジョルノ! ブログの運営者ウッチーです!

 

土曜日の夜7時半といえば?

 

そう!ブラタモリですよね!

 

今回は2017年9月30日にNHKで放送されたブラタモリの内容を詳しくお伝えします。

 

関連記事→ブラタモリの高知編裏話まとめ!近江友里恵アナとよさこい節の関係とは?


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最初はタモリと案内人が高知城へ行き、まずは城の立地を確認

 

 

タモリ、天守閣が以外と高いことに驚く。

 

 

しかも山脈が意外と近くしかもその山が多い景色にも驚く。

 

 

北側に迫る四国山地は1900メートル級という高さ。

 

 

四国山地を越えると県民性も異なる。

 

 

高知人は讃岐人より酒飲みであるとか。

 

 

そして高知城の南側にも山が連なっている。

 

 

海は見えないのが意外、実は14キロ向こうが太平洋。

 

 

 

つまり実は南北を山で囲まれているのが高知の城下町

 

 

龍馬の生まれた場所は城の西側で城下町の一部。

 

 

桂浜で生まれたわけではなく、完全に街の子。

 

 

そしてこの城下町の地形と、そこに龍馬が住んだ事が彼の偉業と非常に深い関係がある。 

 

 

その関係をひもとくために、まずはかつての城下町を訪ねる。

 

 

城の東にある商店街へ行ってみる。

 

 

そこで案内人がダンモ(早稲田大学ジャズ研究会)の後輩とわかる。

 

 

急に偉そうにするタモリ。

 

 

案内人が商店街のわき道を行くと盛り上がった場所がある。

 

 

ひょっとして橋があったの? と早速いつもの鋭い勘を働かせるタモリ。

 

 

実はつちばしという橋があったことが、近くの店名から判明。

 

 

つまりお堀がそこにあったわけ。

 

 

70年ほど昔に埋められたとの事。

 

 

その痕跡をたどると、近くの公園も堀を埋めたあとであることがわかる。

 

 

当時の絵図で確認する。

 

 

城の南北に伸びる堀がそれであることがわかる。


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そして堀の内側に名前がいっぱい書いてあり、外側は真っ白であることに気づく。

 

 

つまり堀の内側は上級武士の町で、その外に下級武士と町人が住んでいたというわけ。

 

 

龍馬はその外側で生まれた、つまり下級武士の子

 

 

 

雨に日でも下駄をはけるのは上級武士の家柄で、下級武士は草履ばき。

 

 

江戸時代の土佐藩はヒエラルキーが非常に強かった。

 

 

その矛盾をエネルギーにしたのが龍馬といえる。

 

 

つまり理不尽な身分制をなくそうとしたというわけ。

 

 

続いてはりまや橋に到着。

 

 

 

はりまや橋は江戸時代無名だった。

 

当時の絵図に、さきほどの「つちばし」の記名はあるが「はりまやばし」には記名なし。

 

 

有名になったのは「坊さんかんざし・・・」の歌が流行した戦後から。

 

 

タモリたちがその歌をうたう。

 

 

お坊さんの禁じられた恋を歌ったものであると案内人が説明する。

 

 

実はそれが龍馬19歳のころで、番所にさらされたお坊さんを龍馬も見に行った。

 

 

さらしとは、柱にくくりつけられて罪状を貼られる罰。

 

 

まあしかしこれは余談。

 

 

でも結構おもしろい余談。


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次に、もとお堀だったということで親水公園となっている場を訪問。

 

 

場所は城下町の東端

 

 

そこで昭和32年の橋を発見。

 

 

その後、堀を埋め立てた場所をバスターミナルにしたことを確認する。

 

 

幅が25メートルの大きな堀であったことを確認。

 

 

堀の終点まで行って水面をみると流れがある。

 

 

ここで当時の絵巻を確認。

 

 

するとこのあたりは物流センターであったとわかる。

 

 

米などすべての物資が他の地方から船で運ばれ、城下に向けて陸揚げされていたようだ。

 

 

 

そこは港町の浦戸や太平洋に面した桂浜が水運でつながっていた。

 

 

なぜ南北に山のある盆地状の高知に太平洋から船が入れたのか。

 

 

高知は堀があり、そしてそれが太平洋とつながっていたという珍しい地形。

 

 

城下町にいながら海を身近に感じられるという日本ではまずない環境。

 

 

海から高知への入り口となる天然の良港浦戸は山に囲まれて、暴風に強い。

 

 

しかし城南部にある屏風のような山脈はどうやってできたのか。

 

 

ここで高知大の地質研究者、はしもとよしたか氏が登場。


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風を切るような海岸の成りたちについて解説。

 

 

まず高知市東部にある海岸の石について説明する。

 

 

そこに露出しているのは緑色岩、つまり溶岩。

 

 

そのすぐ近くにチャート、これは海の生物が混じった堆積岩

 

 

さらに近くにあるのが緑色結岩、これは火山灰が海底に積もったもの。

 

 

その近くには川から海に流された岩石由来の石もある。

 

 

もともと海の底にあった地層がなぜこんな形で空を向いて飛び出しているのか。

 

 

 

 

それは太平洋プレートが日本列島のプレートを押した時に折れ曲がって露出したもの。

 

 

高知は今も太平洋プレートに押されている。

 

 

マーガリンとバターナイフで実験してみる。

 

 

たしかにマーガリンが屏風のように立ちあがることがわかる。

 

 

高知の南北に山脈があるという奇跡的な地形の理由はプレートの移動によるもの。

 

 

そして高知市南部にある屏風のような山脈の一部が川で浸食されて太平洋とつながった。

 

 

それがなかったら単なる盆地で閉ざされた城下町だった。

 

 

閉ざされたようでいて、一部が海とつながっているという地形を生んだのはプレート運動のおかげ。

 

 

つまりプレート運動が龍馬を産んだといえるのか?

 

 

実はプレートテクトニクス実証の場所がこの高知の海岸。

 

 

それは意外と新しい理論で1960年代に確立。

 

 

岩石での証明はここで行われた。

 

 

地質学の夜明けと明治時代の夜明けが重なるのが高知


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次は浦戸港の対岸にある種崎(たねざき)を訪問。

 

 

ゆかりの深い場所があるとのこと。

 

 

種崎の集落から対岸を見ると浦戸の港で、その向こうにある山を越えると桂浜。

 

 

この種崎は子ども時代から龍馬が良く来ていた場所。

 

 

城下から船で一時間で来られる。

 

 

ここは造船拠点で土佐藩の水運施設があつまっていた。

 

 

廻船問屋もあった。

 

 

龍馬は船好きだった。

 

 

タモリも船フェチでよく造船所を見ていたらしい。

 

 

こころざしは大きく違うが、と自虐で笑わす。

 

 

さて種崎と龍馬との接点はもっとすごい。

 

 

古い家を訪問。

 

 

ここの離れに暗殺される少し前に滞在した。

 

 

それは倒幕に使うライフル銃購入のため。

 

 

その時の部屋にタモリたちは座る。

 

 

もちろん普段は非公開。

 

 

その部屋は龍馬が何度も訪れた部屋。

 

 

その部屋で見たのが1835年の世界地図ではないかと予想されている。

 

 

なぜなら龍馬は種崎の廻船問屋をやっていた人物から世界地図をみせてもらったといわれているから。

 

 

その廻船商人の名は、川島いさぶろう、あだなはヨーロッパ。

 

 

子どもの時から龍馬は川島おじさんの影響を受けたのではないだろうか。

 

 

そこで高知の地形や水路、そして外国の情報を得ていたのかも知れない。

 

 

 

タモリは、なにか龍馬を身近に感じるな、と笑顔。

 

 

という内容でした。

 

 

龍馬を尊敬するあまり、就職してから剣道を始めて2段までとった私にとっては非常に興味深いテレビ番組でした。

 

 

たしかに、出身地の地理的条件ってその人の考え方に大きく影響を及ぼすと思います。

 

 

今回の仮説は正しいと感じました。

 

いやーブラタモリって本当におもしろいですね


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  • 2017 09.30
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