大阪造幣局はUSJや海遊館からアクセスが良い?見学には予約が必要?

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ピカピカの500円玉って本当に奇麗ですよね。そう思うのは私だけ? でもお金の嫌いな人ってあんまりいないと思うのですがいかがでしょう?

指が切れそうなピン札(新札)とか、ちょっと見とれてしまいます。まあそこまでいかなくても、お金というのは魅力をもっているという事実を否定する人はいないでしょう。

できたてほやほやのお金を見たいと思いませんか? 今回はお金を作っている大阪造幣(ぞうへい)局を見学してきましたので、その報告をします。

夏休み、どこへ行こう? とお悩みのパパママ! ぜひお子さんと行ってみてください。絶対に親子で楽しめますよ。


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ぞうへいきょくって何?

造幣局というのは、財務省の中にある1つのグループです。何をしているグループかというと、「コインを作っている」のです。つまり、1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉、500円玉の6種類を作っているところです。

ちなみにお札を作っているのは「日本銀行」です。日本の国が作っているのはコインだけで、お札は銀行が作っているってちょっと変ですね。

その理由はややこしいのでスルーします・・・・。いや、ちょっとだけ触れておくと・・・・。


なぜコインだけ?

お札を国(権力者)が作ったら、とんでもない失敗をすることがあるのです。それは、税金が足りないからっていっぱい印刷しちゃうという可能性です。

そうするとお金の価値がどんどん下がって、逆にその国の物価(モノの値段)がどんどん上がります。食パンが一億円なんてこともありうるのです。歴史上、いくつかの国がそんな大失敗をしています。

例えばこのお札もほとんど価値はありません。20億ジンバブエドルです。

コインなら大量に作っても、金属自体にも価値があるので社会をおかしくするってことは無いのです。それに法律で一度に20枚以上を使ってはいけないって決まっています。

まあそのあたりはややこしいので次の話題に行きましょう。


見学予約

まずはサイトで確認して予約しましょう。

こちらです。→お金を作っている工場を見学できるかな?

電話でも予約できます。06-6351-6150 (造幣局の案内担当)

人数に空きがあれば、当日とびこみでも見学できますが、結構人気があるので予約してください。大型バスで来ている集団もよくあります。

見学時間は90分です。最初にビデオで学習して、そのあと工場に入ります。最大100人がグループで移動しながらガイドさんの説明を聞きます。一人で集団からはずれるのはダメです。最初と最後に金属探知機で調べられます。

ちなみに無料です。


アクセス

学校などが使う大型バスのみ入れます。自家用車は入れません。ですから電車またはバスで行くことになります。

電車だとJR東西線「大阪城北詰(おおさかじょうきたづめ)駅」から徒歩7,8分です。大阪城北詰駅は、京橋(きょうばし)駅から1つ目です。

京橋駅は、JR大阪環状線、私鉄の京阪(けいはん)電鉄、市営地下鉄の長堀鶴見緑地(ながほりつるみりょくち)線、そして東西線・学研都市(がっけんとし)線(同じ路線が京橋を境に名前が変わります)の4つが交差するターミナル駅です。

造幣局にいくなら関西のどこにいても、とにかくまず京橋駅を目指せばよいといって良いでしょう。そう、USJにいても海遊館にいても「京橋へはどうやっていきますか?」と尋ねましょう。どちらからも40分以内で到着します。


大阪城北詰駅から

東西線の大阪城北詰駅は地下駅です。電車から降りると出入り口「3」をさがします。そこから地上にあがると、ちょっと変な景色です。

その理由は歩いているうちにわかるのですが、とにかく地上にあがったら「左」へ行きます。古い白壁沿いを歩くことになります。結構タイムスリップ感が味わえます。1分ほど歩くと信号のある小さな交差点があります。左ななめ前に「とんでもない」料亭があります。

こんな名前の料亭です。

まあ地方のスポーツセンターくらいの規模ですね。茶色い体育館?みたいな感じです。その料亭に沿って左へ進みます。1分ぐらい歩くと歩道が無くなります。車に気をつけながら進みます。

すぐに大きな川が見えてきます。さらに1分ほど歩くと大きな橋があります。桜宮橋(さくらのみやばし)」です。それを渡りきったところが造幣局です。

重々しい表札です。

駅からすたすた歩けば6分くらいです。

ちょっと自衛隊みたいな建物です。

余裕があるなら橋のたもとにある公園で少し川をながめるのもいいでしょう。ボートの音がうるさいかもしれませんけど。


見学へ

受付へ行って予約したことを言いましょう。人数分のバッジがもらえます。

そのバッジをつけて、受付の近くにある「ミントショップ」へ行きます。ミントとは「造幣」「貨幣の鋳造(ちゅうぞう)」まあ要するにコインを作るっていう意味です。

そこでお土産を物色したら、ショップの二階へ上がります。そこが見学の前に工場の説明ビデオを見る場所です。

ビデオを見たら、いよいよ工場へ出発です。


工場内

工場内は、見学者用の廊下から見ることになります。廊下から工場内へは入れません。

コインはまず、金属の板から始まります。

その板をコインの大きさで切り取ります。切り取ると言っても丸いカッターが押しつけられて、奇麗にくりぬかれていくのです。

丸い穴が無数に空いた金属の板は、おそらくまた溶かされて次のコインに使われるのでしょう。

そのあと、ふちのギザギザをつけたり、表裏の模様をつけたり、洗ったり、乾かしたりして出来上がりです。

できたての100円玉は感動するくらい光っています

そのあと袋詰めされて出ていきます。行き先は銀行でしょうね。500円玉の入った袋は1つで4000万円とのことでした。

古くなった硬貨は、銀行がまとめて新品と交換するのです。世の中のコインの量は国が把握しています。


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偽造防止の工夫

ところで500円玉くらいになると、偽造すればかなりもうかります。ですから偽コインが作られないように表裏に工夫がしてあるのです。

4種類くらいある工夫のうちでやはり一番すごいのは、ななめにすると「500」のゼロふたつの中に、小さな「500円」という数字が浮き出るという工夫でしょう。

しかし実際はそこまでチェックする店員もいないので、偽造硬貨も出回っているそうです。一度家族で五百円玉をチェックしてみましょう。

ちなみに世界で一番高価な硬貨(笑)は日本の500円玉だそうです。

外国でこんな高額コインを作ったら偽造の嵐になってしまうとか。


博物館へ

キラキラしたコインにうっとり見とれたあとは、造幣博物館を見学します。ここでふと周りの見学者の顔をみるとみんな笑顔なんです。やはりお金って幸せとリンクしているのですね。

さて、お金の歴史ではやはり中国が最古です。

まずは貝がお金の時代がありました。もちろん日本ではまだ原始(縄文)時代です。

購買、貨幣など、漢字の一部に貝が入るのはそのせいです。貢(みつ)ぐ、費(ついや)す、などいっぱいありますね。


貝からコインへ変化

そしてミニミニ刀のお金が登場します。戦国時代は刀の形がお金のイメージにぴったりだったのでしょう。

万里の長城ができた頃、ようやく今風なコインが発明されます。刀にもコインにも穴があいているのはヒモを通して持ち運ぶためなんですね。このあたりで2000年から3000年前です。


日本では

日本では和同開珎(わどうかいちん)というコインが最初の量産コインです。それまでにも富本銭というのがつくられましたが、ほとんど流通していません。

これが1400年くらい前です。

その後、平安時代から戦国時代まで600年間くらい日本はコインを作りませんでした。そのかわり中国のコインが大量に輸入されて日本で使われていたのです。「宋銭」です。

しかし江戸時代になって、しっかりした政府(幕府)ができると再び国産貨幣が出回るようになりました。

しかしそれは江戸だけで、その他の地域は大阪・関西も含めて「銀の重さ」をお店で計って買い物をしていたのです。

下の写真は銀と小判(金貨)の交換比率です。この交換をして手数料を取っていたのが「両替商」です。幕府は貧乏でしたが、両替商は大金持ちでした。


行き詰り

しかし幕末になるとペリーの圧力で外国との貿易が自由になりました。

当然、外国のお金との交換(為替取引)も始まります。

最初に決められたレート(比率)は、銀三分で当時の国際貨幣であるメキシコの銀貨1ドルと交換というものでした。

しかし、銀の含まれる量が日本の方が圧倒的に高いため、外国商人が競って日本の銀貨を買いあさりました。金属としての値打ちにすれば3倍になったのです。

日本に行って1億円分の銀貨を手に入れれば、金属商人が3億円にしてくれたわけです。


長州藩

結局、経済のことを理解していないとだまされるわけです。それにいち早く気づいたのが長州藩です。まだ江戸時代が終わっていないのにその頃の長州藩は写真の5人をロンドンに派遣して経済を学ばせています。当然幕府には秘密でした。

伊藤博文、井上馨などがまだ20代の若者です。可愛い顔をしています。ロンドン大学で学んだそうで「チョーシューファイブ」と呼ばれ、今も現地に記念碑があります。バンド名みたいですね。そういわれればCDのジャケットに見えます。


倒幕

そして彼らが中心になって幕府を倒し、新政府を作るのです。その時、なによりも最初にやったのが江戸の貨幣製造の停止です。貨幣が作られていた場所である銀座は廃止されました。

そして明治元年になるのを待たずにイギリスの機械を輸入し、作り方を教えてもらうために何十人もの外国人を雇用して大阪に工場をつくったのが造幣局なのです。

しかし、教えてもらった日本人たちはとんでもない力を持っていました。

この時計は、当時の日本人技術者がイギリス人から教えてもらった理論をもとに作ったものです。

近くで見ると、1つ1つの部品が美しく仕上がっています。

一度修理したそうですが、当時の部品が今も動いています。産業革命の終わったイギリスから来た人たちは「日本はすぐに工業国になるだろう」と感じたに違いありません。

こうして、国際的にも信用度の高い貨幣を自作できるようになったことで、日本は近代国家へ踏み出すことができたのです。

ちなみに、この造幣局では外国のコインも作っています。今もそのような技術が無い国はたくさんあるのです。


まとめ

たかがコイン。しかしこうして見学してみると本当に奥が深いものです。そしてやはりお金持ちになることは良いことだと確信できます。

なぜならお金があれば、他人を幸せにできますから。

残りの人生稼ぐよー! 子どもたちも金持ちをめざそう!

どうですか? みなさんも子どもの教育に硬貨いや効果抜群の造幣局へいらっしゃーい。

ちなみに博物館の男子トイレは完璧でした。


 

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  • 2017 07.28
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