吉展ちゃん事件はいつどこで起きたの?犯人を自白させた母親と刑事の因縁とは?

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1963年の東京で村越吉展(むらこし よしのぶ)ちゃんが自宅前の公園から姿を消しました

この事件は日本中で大きなニュースとなり、知らない人はいないという状況になりました。別名「戦後最大の誘拐事件」とも言われています。

事件解決後に放送されたワイドショーは何と59%の視聴率を記録しました。

今回は、50数年前の国民的ニュースだった「吉展ちゃん事件」についてまとめます。

参考→大崎事件以外の冤罪事件まとめ!こんなにもある無実での逮捕そして死刑執行?


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事件の始まり

まだ寒い3月末に、東京のど真ん中・台東区で吉展ちゃん(4)が自宅前の公園で水鉄砲を使って遊んでいました。

いつもなら帰ってくる6時ごろになっても帰宅しないので、母親が探しに行きましたが近所にいませんでした。

母親は7時ごろに警察へ捜索願を出しました。しかし警察は当時多かった迷子として扱い、捜索を始めたのが翌日でした。聞き込みの結果、吉展ちゃんが行方不明になった時間帯に30代の男と一緒にいたという目撃情報を得たので、誘拐事件として捜査が始まりました。

その翌日、犯人から身代金50万円を要求する電話が入ります。しかし50万円を持っていった場所に犯人は現れませんでした。

その後、何度か電話があったのですが、事件から1週間経った日に「今から持ってこい」という電話が入ります。

母親が50万円を持って行き、指定された場所に置いた後、犯人はお金を持って逃げてしまいました。犯人を逮捕するために多くの警察官が配置されていたのに、誰も犯人の情報を得られなかったのです。

参考→大崎事件と狭山事件の共通点は?2016年の新証拠で石川さんの無罪確定?


世論の異常な盛り上がり

この事件は、日本の事件史上初めて「報道規制」がひかれました。人質の命を守るために、新聞やテレビのニュースは、報道を控えたのです。

しかし身代金を奪われて1週間たっても人質が返ってこなかったため、報道規制が解かれました。警視総監自らテレビ・ラジオを通じて「吉展ちゃんを親に返してやってくれ」と犯人に呼びかけるというドラマのような展開になりました。当然、新聞も大々的に報道しました。

さらに1週間後、今度は犯人が電話で話した声をテレビやラジオで流し、「似た声の人を知りませんか」という公開捜査に踏み切ったのです。まさしくテレビドラマというか映画です。

当然、事件は世間の関心を大いに集めました。東京を中心に吉展ちゃんの行方を尋ねるポスターが貼られ、有名歌手が「かえしておくれ今すぐに」という犯人へのメッセージソングをレコードにしたりもしました。

参考→大崎事件の他にもえん罪があった?なぜ若い先生が生徒殺しで逮捕されたの?


事件の影響

身代金をとりに来た犯人を取り逃がしたという失態が大きくクローズアップされますが、これは間違いです。

犯人が複数の場合、身代金をとりに来た人物を捕まえると人質の命はありません。この時の捜査方針も「人質の人命優先」だったのです。

つまり、身代金をとりに来た人物の情報をできるだけ入手し、人質が返ってきた後に捜査を開始するという方針だったのです。

しかし、マスコミは「警察のミス」と世論を盛り上げました。

人質の命を第一に考えた捜査責任者は「警察の恥」とまで言われたのです。

参考→大崎事件みたいに無実で逮捕されて冤罪になったらどうする?無罪になる方法は?


そして冤罪へ

そうして、警察への不信が高まったタイミングで起きたのが「狭山事件」でした。

なんと吉展ちゃん事件から2ヶ月後に起きたのです。

ラジオやテレビでは、犯人の脅迫電話が何度も再生されている時期でした。その声を聞くたびに民衆は「怖い世の中だな」「警察は当てにならないな」と考えていた時期です。

埼玉県で女子高生が誘拐され、身代金が要求され、結局遺体で発見されました。

「またか」「警察は何やってるんだ」という国民の異常な盛り上がりの中で、Iさんが冤罪の被害者となってしまうのです。

狭山事件についてはこちらの記事でわかりやすく説明しています。→大崎事件と狭山事件の共通点は?

さらに、その後の強盗殺人事件においても「無理してでも犯人を作りだす」風潮が生まれてしまいます。

吉展ちゃん事件・狭山事件の3年後には静岡県で「袴田事件」が起こります。刃物でめった刺しにされた一家が惨殺後に放火されて焼けた事件です。

ここでも袴田さんが冤罪の被害者となりました。

これら冤罪についてはこちらの記事にまとめています。→冤罪事件まとめ!こんなにもある無実での逮捕そして死刑執行?


事件から2年後

犯人がわからないまま約2年が経ち、捜査に行き詰った警察は捜査官を一新しました。

新しい捜査官たちは、それまで捜査線上に浮かんでいたKを犯人と確信します。この根拠は「声」でした。しかしKは当日のアリバイがあったのです。

捜査官たちはKの実家のある福島県にも足を運び、アリバイをもう一度洗いなおします。

そうして、実はアリバイが無かったことを証明します。そしてアリバイのとおりに帰省していたのなら見たはずの無い、東京の大きな火事を見たというKの矛盾を突くことに成功します。

さらにKの良心を耕すことにも成功して、自白を引き出しました。

痴漢盗撮は被害届なしで条例により逮捕?有罪や冤罪にならないための注意点は?


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最悪の結末

自白によると、人質は誘拐した夜に殺害されていたのです。その遺体は荒川区にあるお寺に埋めたとの供述に基いて掘り起こすと、白骨化した幼児の遺体が発見されたのでした。

Kは逮捕の翌年に死刑判決を受けます。控訴しましたが、その翌年には最高裁でも死刑となりました。かなりのスピードで審理が進んだのは死刑にすべきという世論の後押しが強かったせいでしょう。

参考→大崎事件ってどこでいつ起きたの?なぜ無実のおばあちゃんが懲役10年?


事件を解決したのは

冤罪被害者たちが、取り調べ中の拷問や、嘘を用いた誘導尋問、そして長期間の拘留による精神の破壊攻撃を受けているのに対し、2年後に捜査へ投入された捜査官はそういう手段を用いませんでした。

丁寧にアリバイを再捜査し、犯人の親からも信頼を得て、本人の良心を信頼しました。

中でも捜査官がKに対して取り調べ中に、

「お母さんは、おまえを悪い人間に育てた覚えはないと言っていたが、もしも悪いことをしたのなら正直に言うように伝えてください、と言っていたぞ。」と、その時にお母さんがした「土下座のポーズ」を見せながら聞かせたというエピソードには感動させられます。

参考→警察官の福岡集団わいせつ余罪と不祥事まとめ!女性警察官の年齢は何才くらい?


人権に配慮した取り調べ

こういう捜査官からは冤罪も生まれないでしょう。なぜなら捜査が丁寧で、犯罪者に対しても真心を持って接しているからです。

犯人のKは、貧しい農家で11人きょうだいの10番目として1933年(昭和8年)に生まれました。当時は国策で「子だくさん奨励時代」でした。戦争に向けての兵士数を確保するためです。

参考→出生数低下の原因と対策は?晩婚化と未婚化対策は人口減少を止めるか?

2年前の1931年には満州事変を起こし、日本が中国侵略に本腰を入れ始めた時期でした。

これは戦争を前にした国ではよくとられる政策です。フランスなどでもとられました。

彼は貧しさと時代のせいで、小さな傷から細菌の侵入を許し骨膜炎を起こします。今ならまずは消毒し、可能すればその段階で抗生物質を投与すれば完治します。

おそらく現代の骨膜炎は負担のかけ過ぎから炎症にいたるものが99%以上でしょう。シンスプリントなどが骨膜炎の一種です。しかし彼は細菌によって足の骨膜に炎症を起こし、その後遺症でひどい痛みと一生たたかうことになりました。

その障害はこの犯罪と無縁ではありません。足を引きずって歩くことが、不安定な雇用にもつながり、子どもへの殺意にもつながりました。

もちろんそれを言いわけにはできません。しかし捜査官たちは、「生まれつきの悪人なんていない。おぎゃーと生まれた時はみんないっしょだ。」と考えていたのでしょう。

常にKを人として扱い、丁寧に追い詰めていきました。

この事件は凶器もなく、脅迫状もなく、指紋も足跡もありません。自白だけでは有罪にできないのです。そんなKに「遺体を埋めた場所」まで自供させて有罪の証拠をあげた捜査官の「親心」の大きさに敬服します。

参考→警察官の福岡集団わいせつ余罪と不祥事まとめ!女性警察官の年齢は何才くらい?


まとめ

捜査チームの中心だったHさんは、他にも難しい事件を解決しています。彼の関わった事件では多くの犯人が死刑となりました。

Hさんは定年後に自分が自供させて死刑となった人たちの墓参りをしています。

もちろんKの墓にも参ったそうです。そこで、先祖代々の墓に合祀されず、墓地の隅に盛り土だけで葬られたKの墓をみて驚いたそうです。

多くの人は驚きもせず「こんなひどいことをした奴なら当然だろう」とか「墓地に入っているだけでも恩の字だな」などとつぶやくでしょう。

ところが、Hさんは驚いて立ちすくみ、いつもおこなう合掌すら忘れてその場を去ったそうです。

罪を憎んで人を憎まず、という格言が心にしみます。

参考→大崎事件以外の冤罪事件まとめ!こんなにもある無実での逮捕そして死刑執行?


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  • 2017 07.07
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