福島県の花見スポット2017!見頃と見所そしてアクセスは?

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桜前線が日本列島を北上していく3月から4月。桜が散っちゃたね、というのはまだまだ早い! ちょっと北へドライブすれば、4月20日くらいまでお花見を楽しめますよ。今回は、東京から意外と近い福島の桜、特にお城とセットで楽しめる場所を紹介します。


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亀ヶ城跡(かめがじょうせき)

住所:福島県耶麻郡猪苗代町字古城跡

明治維新までは猪苗代城という立派なお城があったそうです。しかし、新政府軍(薩摩藩と長州藩)に攻撃された時に、幕府軍(江戸幕府と会津藩)側であった当時の責任者が城を焼いて逃げたため、建物はありません。しかし当時の石垣や地形は残っています。ニックネームが亀ヶ城で、現在はそう呼ばれています。

城が焼かれてから30年ほど放置されていたのですが、1905年にボランティアによって整備され、桜が植えられたそうです。遠くに見える磐梯山(ばんだいさん)には、桜の季節でも残雪があるのでとてもきれいです。

(引用元:猪苗代観光協会公式サイト)

アクセス:磐越道猪苗代磐梯高原インターから約10分


鶴ヶ城公園(つるがじょうこうえん)

住所:福島県会津若松市追手町1-1

地元では鶴ヶ城と呼ばれていますが、全国的には会津若松城または、若松城と呼ばれます。もともと人気のあるお城でしたが、大河ドラマの「八重の桜」でさらに有名になりました。

明治維新の直後には、江戸幕府へ忠誠を誓った会津藩の武士たちが、このお城に立てこもって新政府軍と戦いました。外から大砲を撃ち込まれ、進入してくる兵士を八重が得意の鉄砲で応戦したそうで、ドラマでもリアルに再現されていました。

その戦いでは、結局1カ月の攻撃に耐えました。傷んだお城は、やがて解体されます。現在のお城は1965年に再建されたものです。お城は当時のものではありませんが、地形や石垣は当時のものです。

140年前に日本人同士が戦争をしていた場所で、平和なお花見をするのも格別ですね。天気が良ければ、青い空と白い壁にピンクの桜がマッチして、とてもきれいです。

(引用元:会津若松観光ビューロー公式サイト)

アクセス:磐越道会津若松インターから国道49号・118号経由約15分

鶴ヶ城の詳しい記事は→鶴ヶ城公園のお花見2017の見頃は?オムツ替えトイレはいくつある?


白河小峰城(しらかわこみねじょう)

住所:福島県白河市郭内1

江戸幕府が財政的にも、権威の面でもピンチになった時、それを救ったのが松平定信(まつだいら さだのぶ)でした。彼はこのお城の大将(大名)でしたが、出世して老中(今の総理大臣)になります

混浴を禁止したり、お金の節約をすすめた彼の改革は、江戸の民衆から「厳しすぎる」といわれました。しかし定信の誠実な改革が傾いた幕府を立て直したのは確かです。

このお城でも140年前に、新政府軍と幕府を支持する武士たちとの激しい戦いがありました。このお城はその時に焼かれてしまいました。現在の建物は、1990年代に再建されたものです。

多くのお城が、鉄筋コンクリートで再建されていますが、このお城は木造です。140年前の戦いで傷ついた木材が再利用されているため、城の内部に入ると当時の銃弾あとが残っています


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140年前は、アメリカ人が二つに分かれて戦った南北戦争が終わって10年ほどたった時でした。アメリカの商人は、日本人が二つに分かれて戦っているのを見て南北戦争で大量に出た中古の銃を売りつけてきました。お城に残った銃弾あとは、アメリカの南北戦争でも使われた銃から放たれたタマのあとです。

このお城は、松平定信がここで過ごすずっと前、江戸時代に入ってすぐに大改修が行われました。その時に、何度工事をしても、石垣が崩れる場所がありました。当時の人々はそんな時に、「たたり」の存在を信じていました。

そして、多くの場合、たたりをはらうために「人柱(ひとばしら)」が埋められました。人柱とは柱ではなく、神の怒りを鎮めるために人間をいけにえとして生き埋めにすることをいいます。

このお城に伝わる伝説では、人柱を埋めることが決定したが、誰を生き埋めにするか決めかねて「今から一番最初にここ(工事現場)へ来た者を埋めよう」ということになったそうです。そして、城の偉い人たちが待っていると、何と来たのが作事奉行(工事監督)の娘である「おとめ」さんだったのです。

おそらく、父親がなかなか帰ってこないので迎えに来たのでしょう。または父親へ食べるものを持ってきたのでしょう。お父さんはびっくりして、周囲に気づかれないように「あっちへ行け」と手をひらひらさせました。

おとめさんは、父親が喜んで「こっちへこい」と手を振っていると誤解して現場へ入ってきたそうです。父親のただならぬ表情に異常を感じた時は、時すでに遅し、逃げ回ったものの武士たちに押さえつけられて箱に入れられ、人柱にされました。その後は一度も崩れなかったそうです。

おとめさんの霊を弔うために植えられた桜は、140年前の戦いで城と共に焼けてしまったそうですが、同じ場所に植えられた2代目の「おとめ桜」が毎年奇麗に咲いています。

おとめ桜↓

小峰城↓

(引用元:白川観光物産協会ホームページ)

アクセス:東北自動車道 白河インターから車で20分(国道4号・294号線経由)

小峰城の詳しい記事はこちら→白河小峰城のお花見2017の見頃は?残された歴史的悲話とは何?


まとめ

桜を見るだけでも十分に楽しめると思いますが、お城の歴史を知った上で愛でればまた違った味わいがあるのではないでしょうか。ここで紹介したお城は、深い歴史を秘めています。2011年の大震災で傷ついた福島県を応援するためにも多くの人が花見に訪れて欲しいものです。


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  • 2017 04.10
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