山口蛍は既婚で嫁がいる?年齢や出身地などプロフィールと経歴まとめ

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2018サッカーのロシアワールドカップは初戦でコロンビアに勝利し、日本チームに勢いが出てきました。

 

そんな日本代表の強みは、「選手層の厚さ」です。

 

特にキャプテンの長谷部がいなくても同等のクオリティを持つ選手がいるというのは、ものすごく安心できます。

 

その選手こそ、セレッソ大阪所属の山口蛍です。

 

今回は、そんな彼の出身地とエピソードをまとめます。


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山口蛍は結婚してる?

いいえ、独身です。

その関係のゴシップもありません。

まあ、これだけの人気選手ですから、特に大阪をうろうろしたら目立ちます。

つきあっている人がいても、極秘で行動しているでしょうね。

 

山口蛍の出身地は?

 

三重県の名張市です。

 

セレッソのジュニアユースにいたので、大阪出身だと思っている人も多いのではないでしょうか。

 

セレッソの下部組織は名門ですから、大阪以外の小学生もたくさんセレクションをうけるのです。

 

合格したら実家を出て、大阪へ引っ越す子もいます。

 

しかし、山口蛍は幸運なことに、ぎりぎり家から通える距離でした。

 

ですから、実家から電車や父親の車でセレッソの練習場である舞洲(まいしま)へ通ったのです。

 

 

三重から大阪は遠い?

 

まあ普通は遠くて通えません。

 

これが可能だったのは、まず名張市が三重県で最も大阪に近いところにあったからです。

 

もちろん大阪とは接しておらず、間に奈良県があります。

 

その奈良と三重の境目に名張市はあるのです。

 

さらに、名張市は大阪と名古屋を結ぶ「近鉄」という私鉄の駅があります。

 

おそらく、三重県内で大阪とのアクセスが最も良い町、それが名張です。

 

どれくらい時間がかかる?

 

家から練習場ならば、2時間でしょう。

 

よく通ったな―と思います。

 

しかし、実はそれが続いた理由があるのです。

 

それは、父親の存在です。

 

なんと、山口蛍は自家用車で送ってもらっていたのです。

 

まあもちろん近鉄を使った時もあると思います。

 

しかし基本的に、父親の車が三重から大阪へ走ったのです。

 

 

父親の職業は?

 

もともとは大阪へ遠距離通勤をしていたサラリーマンだったそうです。

 

しかし山口蛍が10歳の時に離婚し、母親が去ったあと脱サラをしたようです。

 

脱サラの理由ははっきりしませんが、おそらく息子のためでしょう。

 

山口蛍とその兄は、かなりのやんちゃだったそうなので、「ほったらかしにしたらグレる」と思ったんじゃないでしょうか。

 

そして、仕事ばっかりで家庭崩壊した反省もあったのでしょう。

 

そして午前中の仕事と夜の仕事に就き、学校から帰ってきた兄弟を家で迎えるようにしたのです。

 

そして蛍を車に乗せて、西へ向かう日々が続いたのです。


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中学時代の蛍

 

中2の頃から、世代別日本代表に選ばれるようになりました。

 

実はセレッソはこの世代がゴールデンでした。

 

蛍を含むセレッソの1990年生まれと、いっこ下の1991年生まれは、高校卒業後にたくさんトップチームにあがってプロになりました。

 

私は兵庫県在住で息子が蛍と同い年、しかもサッカーをしていたので、中学の頃から良く知っていました。

 

「ホタルってえらいかわいい名前だな」と思っていました。

 

しかし実は、中3の頃、蛍はセレッソから姿を消しました。

 

中学生に良くある「投げやり期」だったのでしょう。

 

そこから転落の人生というストーリーも良くあります。

 

特にシングルの家庭には良くある話です。

 

蛍の父親は「どうしたんや、コーチから帰ってこいって連絡があったで」と車の中で話したことがあるそうです。

 

しかし蛍は「もうええねん、ほっといて」と、中学生らしい対応だったとの事です。

 

 

蛍は消えなかった

 

しかし、彼はセレッソに戻るのです。

 

様々な支援があったのでしょう。

 

しかし私は思います。

 

仕事を捨てて息子と過ごす時間を選んだ父親の勝利だな、と。

 

蛍はそんな父親を裏切れなかったのでしょう。

 

ここで、父親が頭ごなしに叱ったり、やはり仕事人間のままだったりしたら、今の山口蛍はないでしょう。

 

ちなみに、蛍の父親もサッカー選手でした。

 

プロの無い時代のプレーヤーですし、会社勤めだったので、もちろんアマチュアですが、蛍のサッカーセンスは父親譲りなのでしょう。

 

 

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プレースタイル

 

中学時代は2列目の選手だった蛍。

 

上手い選手というよりは強い選手でした。

 

ボールを持った時に、手で相手を押すプレーが強烈でした。

 

中田英寿が得意にしていたプレーです。

 

今はあまり体の接触をさせないプレースタイルに変わっています。

 

というか、長くボールを持たない選手になりました。

 

よいポジションにいて、パスを受ける前に、そのパスをどこへつなぐか決めている感じです。

 

まったくタメのないプレーですが、ボランチでタメると危険です。

 

すぐにボールを離すので、当然あまりテレビには映りません。

 

実際はかなり映っていますが、ボールを持った状態で映る時間は短いです。

 

だから、「黒子役」と言われるのです。

 

 

まとめ

 

華麗なパスや、キレのあるドリブルは見せません。

 

しかし、そこにいてほしいと味方が思う場所に蛍は必ずいます。

 

そしてボールをチーム内にスイスイと循環させていきます。

 

蛍のプレーは機械に油をさすようなものです。

 

そんな地味な仕事を黙々とこなす彼を見ていると、仕事をやめて息子を支えた父親の生きざまがそのまま現れているような気がします。


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  • 2018 06.20
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