トヨタ2000GTとシルビア復活はいつ?国産スポーツカーはどうするの?

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2017年の東京モーターショーで、往年の名車である、トヨタ2000GTと日産シルビアが現代的なフルモデルチェンジをほどこして復活するという報道がありました(情報元:雑誌「ベストカー」)。昔の国産スポーツカーを愛する人々にとっては、嬉しいニュースですね。今回は、名車トヨタ2000GTについてスペックなどを詳しくまとめます。


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これがトヨタ2000GTです。

(写真引用元:wikipedia)


ため息が出るほど・・・

この車は、とにかく「美しい」。その一言で全てが言いつくせます。50年たった今でも、美しさが色あせないとは、本当に驚異的です。私は実車を数回見ました。40年くらい前、京都府舞鶴市に1台あったのです。ボディは5ナンバー規格内ですから意外と小さいですが存在感は抜群でした。


エンジン

エンジンスペックはDOHC・2000ccで150馬力。当時の2000ccでは飛びぬけた性能です。DOHCというのはダブル・オーバー・ヘッド・カムシャフトの略です。カムシャフトというのは、エンジンのシリンダー内への吸気と排気を行うバルブを上下させるための棒です。それがシリンダーの上に二列に並んでいるのがDOHCで、一本でやるのがSOHCです。


実はヤマハ

当時のトヨタはSOHCエンジンの技術しかありませんでした。乗用車はそれで十分だったのです。しかし吸気した方向へ排気ガスが出て行くよりも、反対側に出て行く方が当然パワーは上がりますし、加速も良くなります。ですからレーシングカーではDOHCエンジンが常識でした。トヨタはバイクメーカーヤマハの協力を得ることでDOHCを完成させます。バイクのエンジンは、すでにDOHCが主流だったのです。


サス

サスペンションは、前後とも独立式ダブルウイッシュボーンです。これは当時レーシングカーにしか採用されていなかった方式です。大衆車は板ばね方式が主流だった時代です。トヨタ2000GTの「採算度外視で最高級なものを作ろう」というコンセプトがわかるサスペンションです。


制動装置

ブレーキは4輪ともディスクブレーキです。これもありえません。当時は4輪ともドラムブレーキ、または前輪のみディスクブレーキでした。今では、大衆車でも4輪ディスクは当たり前ですが、国産車ではトヨタ2000GTが初めてでしょう。


ミッション

変速は5段マニュアルですが、これも4速が普通でした。当時は4速をトップと呼んでいました。5速はオーバートップです。「5」とシフトノブに書いてあると、おっすごい、と感動した時代です。今はスポーツカーもほぼ全てオートマですけどね。


ヘッドライトはリトラクタブルです。普段はボンネットに隠れていて、夜になると出てくるやつです。今ではスポーツカーでもこの方式は使わなくなりましたが、当時は本当に斬新でした。空気抵抗を減らすための工夫ですから、速く走りたいという車の性格を表していたのです。ちなみに1980年代の日産シルビアもリトラクタブルのヘッドライトでした。

そのシルビアも1990年ごろには、こうなりました。

(引用元:二つともWikipedia)


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開発秘話

この世界レベルの最高級スポーツカーをトヨタが作った理由は、当時の日産とのライバル関係にあります。今でこそ、トヨタは日産の2倍以上の生産台数を誇っていますが、50年前はそんなに差がなかったのです。


フェアレディ

そんな中、日産はフェアレディというスポーツカーが注目を集めており、「日産に乗っている方がかっこいい」というイメージができつつあったのです。「とりあえずカローラ」とか「いつかはクラウン」という言葉もあったぐらいで、大衆車から高級車まで人気のあったトヨタでしたが、カローラにはサニーが、クラウンにはセドリックとグロリアが肉薄しており、ブランドイメージを上げないことには、日産に負けるという危機感があったわけです。恥も外聞も捨ててバイクメーカーと組むという戦術に出たのは、そういう事情があったのです。


ここから始まった

現在のトヨタ1強時代も、1967年に発売した2000GTがトヨタのブランドイメージを高めたことからスタートした、と私は感じます。そのイメージは大衆車にも影響します。トヨタ2000GTの価格は当時の初任給の100倍。今の価格では2000万円ほどになるようです。しかし、ハンドメイドの部分が多い贅沢な仕様で、大量生産によるコスト減効果も無く、内装もヤマハの楽器で使われる木材を利用するなど、完全に赤字生産だったようです。国内販売も3年間でたったの218台でした。それでもがんばって生産したのは、「トヨタの広告塔」としての役割があったからです。


復活モデル発売はいつ?

2017年のモーターショーで試作車が発表されれば、量産体制は目途がついている可能性があります。早ければ今年中に予約受付納車は2018年というスケジュールとなるでしょう。


まとめ

もしこの車が開発・発売されず、大衆車の人気のみで勝負していたら、007のジェームズ・ボンドはトヨタ2000GTでなく、フェアレディに乗ったでしょう。さらに1969年に日産が発売する、スカイラインGTRに「高性能ブランド」を奪われ、そのあと出たフェアレディZに「高級でスポーティ」というブランドイメージを取られてしまった可能性があります。レクサスブランドも誕生していなかった可能性もあります。その代わりに「インフィニティ」ブランドがディーラーを構えていたかも知れません。私自身は日産ファンです。しかしトヨタ2000GTが国産の史上最高車であるという意見に異論はありません。また、ホンダS800、いすず117クーペなど、当時の名車は他にもあります。ぜひ現代版の復活をしてほしいものです。


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  • 2017 03.19
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